大判例

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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1478号 判決

控訴人

株式会社静岡銀行

代表者

平野繁太郎

代理人

向坂保治

被控訴人

岩田信明

外一名

代理人

伊東清重

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人代理人は、「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人らの請求を棄却する。(三)訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。<以下省略>

理由

一、昭和二九年三月一五日、訴外岩田喜作と控訴人の間に元本極度額一三〇万円の手形割引貸付契約が成立し、同時にこの契約によつて生ずべき喜作の債務を担保するため被控訴人岩田信明が控訴人に対し存続期間の定めなく、原判決添付の別紙第一、二目録表示の不動産上に根抵当権を設定したことおよび静岡地方法務局沼津支局同日受付第一四六三号を以てその旨の根抵当権設定登記手続がなされたことは、当事者間に争いがない。

二、被控訴人らは、まず、昭和二九年五月七日に被控訴人信明と控訴人との間の合意により、前示根抵当権設定契約が解除されたと主張する。<証拠>をあわせ考えれば、被控訴人信明が昭和二九年五月七日に控訴人銀行の沼津本町支店に出向き、同支店長吉井政吉に会い、岩田喜作の経済事情を述べ、今後同人に対する信用の供与の継続を停止されたく、若しそのようなことが続けられても、同被控訴人としては、人的、物的の保証の責任を将来に向つては負い兼ねる旨を告げたことが認められる。しかし、冒頭掲記の証拠にあらわれるように、みぎ判示以上に進んで、控訴人を代理する吉井支店長が、被控訴人信明の交渉に際して、同日直ちに前示根抵当権設定契約の解除に同意した旨の供述ないし同記載部分を当裁判所は、到底信用することができない。他にも、みぎ事実を肯定をするに足る証拠がない。

三、前段に判示した被控訴人信明の申し入れについては、これを否定する趣旨の<証拠>は、当裁判所の採用できないところである。被控訴人らは、この申し入れを目して、申し入れ後の将来に対する根抵当権設定契約の解約の告知が認められるべきである旨主張する。理由の冒頭に判示したところによれば、本件根抵当権設定契約は、控訴人から訴外喜作に対する与信契約と同時に締結され、みぎ契約によつて生ずべき喜作の将来における債務を担保する目的に出たものである。みぎ与信契約においては、控訴人につき与信契約上の履行義務の存することについては、控訴人の主張しないところであるけれども(かえつて、成立に争いのない乙第一号証によれば、かかる義務が存しないものと認められる。)少くとも根抵当権によつて担保される与信契約の存続する限り特段の事由がないのに根抵当権設定契約を一方的に、しかもその専恣に解約を告知することのできる権利があるとすることはできない。しかし、みぎのような根抵当権設定契約は、被担保債権との関係において、将来にわたつて継続する法律関係であることは、根保証におけると異なるところがない。なるほど、本件根抵当権設定契約においては被担保債務について限度額の定めがありまた根保証の場合とは異なり担保の目的物が特定せられ且登記を経ているのであるけれども、そのゆえにこそ担保権としての優先効が与えられているに過ぎないのであつて、このことは、根抵当権設定の法律関係が継続的法律関係であることの性質に消長を来さない。してみれば、根抵当権設定契約においても、若し設定後の事情の変化により、受信者すなわち債務者の資産信用状態が著しく悪化しそのために契約関係の存続が抵当権設定者による求償権の行使等にあたり著るしい損害を生ずる虞れがあつて、これに処するには、根抵当権者の存続を将来に向つて廃棄するのほかない等正当の事由があると認められる場合においては、将来に向つて契約関係の廃棄を告知する権利を根抵当権設定者のために肯定することが、当事者間の衡平を重んじ、信義を旨とする法律の解釈に合致するゆえんである。控訴人は、およそ根当抵権設定契約については、根保証契約と異り、常に告知権がない旨を主張するけれども、みぎの説明に徴して、この見解に賛することができない。また、控訴人は、みぎの意味の告知が許されるとしても、被担保債務の皆無であるときにのみ限られるべきであるとするが、告知の効力は既往に及ばず、根抵当権を変じて告知当時の現在の債務を担保する抵当権としての効力を認めることができるわけであるから、控訴人のみぎの主張は合理的根拠に乏しく採用できない。

よつて進んで、被控訴人信明のために告知権を肯定するに足る正当事由の有無を考えねばならない。<証拠>をあわせて考えると、前示解約告知のなされた前後の事情は、つぎのようであつたものと認められる。

訴外岩田喜作は、かねて沼津市内において、反毛業を営んでいた。同人は、みぎ営業上の金銭決済および資金調達のために控訴人銀行との間に当座勘定契約を結び、同行から手形貸付を受け、また手形、小切手の割引を得たりして、これらの債務の担保として自己所有の不動産に極度額一三〇万円の根抵当権を設定して、みぎ取引を続けて来た。ところが昭和二八年の暮頃からみぎの業務が思わしくないところから、喜作は、従前以上に銀行の融資を得ようとして、控訴人銀行との間に借入金の元本極度額をひろげるため、新しく前記一に判示のような契約を結ぶとともに、この分について、実兄である被控訴人信明をして、控訴人銀行との間に根抵当権設定契約をなさしめた。その結果喜作は、昭和二九年三月一二日に金三五万円、同月一七日に金八〇万円、同月二五日に金三〇万円の各手形貸付を得たので、喜作および被控訴人信明は、これらの新規借り入れによる資金によつて、喜作の営業が危機を切り抜けられるものと考えていた。しかるに、早くも翌月中に喜作振出の清水銀行を支払場所とする小切手が不渡りとなり、ために喜作は、沼津手形交換所において不渡処分を受けるに至つたので、控訴人銀行は、喜作との当座勘定取引を解約した。当時喜作の債務は、約一千万円に達していたところ、同年五月五日に多数の債権者が集会して、これら債務の履行を一年間猶予することとなつて、喜作の営業は、辛くも即時の廃業を免かれた。なお控訴人銀行もその後当分の間喜作のためにする取引を停止し、昭和三〇年五月頃から喜作の妻はつの名義による手形割引をして、その割引金の幾分を順次喜作の債務の内入れに充当させることにして、喜作の債務の整理に着手することとなつたものである。

さて、本件係争の喜作の控訴人銀行に対する債務のためにする根抵当権設定は、昭和二九年三月一五日であり、被控訴人信明の主張する解約告知は、前判示のとおり、みぎ根抵当権の設定後僅かに一月半を経たに過ぎない同年五月七日になされたものである。しかし喜作は、その間において前段判示のとおり、被控訴人信明の提供にかかる根抵当権の限度に達する新たな資金を得ているにもかかわらず、小切手の不渡りを招来している以上は、その直後に、前判示のように一般債権者から支払猶予を得たとしても、その間に債務者である喜作の資産信用状態は更に一段と悪化し、みぎ解約告知のなされた頃には倒産の危険さえも感ぜられるような状態にあつたものと認めざるを得ない。現に控訴人銀行は、その後暫らく喜作との取引をなさず、専ら喜作の債務の整理を目的として、喜作の妻はつとの間に手形の割引に応ずるようになつたのは、その後一年余を経過した後昭和三〇年五月以後のことに属する。してみれば、その間においていち早く被控訴人信明が喜作のためにする担保の供与を将来に向つて廃止する趣旨の申入れを控訴人銀行を代理する前記吉井支店長に対してなしたについては、正当の事由を備えたものと認定することが相当である。みぎ認定に反して控訴人は、被控訴人信明の申し入れは、権利濫用であると主張するけれども、当らない。

被控訴人信明のなした前示昭和二九年五月七日の解約告知当時において、喜作の控訴人に対する債務は、手形貸付によるもの金三九〇万円、手形割引によるもの金一九四万一六五七円の合計金五八四万一六五七円であつたところ、みぎの分は、昭和三三年六月五日までにすべて弁済されたことは、当事者間に争いがない。控訴人は、喜作との間の手形割引契約は、今日までに解除されたことがないとして、同人に対し昭和三二年四月一六日以降四口の手形割引による債権についての担保権を有する旨主張する。しかし、それらの手形割引が現実になされたのがみぎ同日以降である限り、たとえその割引がさきに当事者間に約定された控訴人と喜作との間の手形割引契約によるものであり、それが解除されないままであるにもせよ、それを担保するための当事者間の根抵当権設定契約が有効に解約を告知された後のことに属するのであるから、控訴人は、その主張の債権について、みぎ契約による担保権を有することを設定者である控訴人信明に対して主張することができないものといわねばならない。してみれば、控訴人が原判決添付別紙第一、二目録記載の不動産について有する本件根抵当権は、それが有効に担保する昭和二九年五月七日現在の喜作の債務の弁済に伴い既に消滅していることが明らかである。

四、原判決添付別紙第一目録記載の不動産が被控訴人信明の所有であること、および同第二目録記載の不動産がもと同被控訴人の所有であつたところ、それについて被控訴人沼津塩業株式会社に対して所有権移転登記手続がなされていることは当事者間に争いがない。この事実によれば右第二目録記載の不動産が被控訴人信明から被控訴会社に譲渡されて、現にその所有であることが推認でき、他にこれに反する証拠はない。

五、そうすると被控訴人らは控訴人に対し、いずれもその所有権にもとずき所有不動産についてなされた本件根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めることができる。

以上の次第で、被控訴人らの請求を認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。(裁判長判事岸上康夫 判事中西彦二郎 室伏壮一郎)

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